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Luvit Tex Take Mix

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Giuseppe Ielasi - 3 Pauses (Senufo Editions)

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電子音楽とは比較的最近になって生まれた音楽ではあるが、既にその歴史は100年以上に渡るものだ。古くは、米国の発明家サディウス・ケイヒルが1897年に特許を取得したテルハーモニウム(通称:ダイナモフォン)や1917~19年ごろにソ連の発明家レフ・テルミン教授によって発明されたテルミンなどに始まり、ピエール・シェフェールエドガー・ヴァレーズといった作家たちの手により現代的な電子音楽が形作られた。

電子音楽は、100年の歴史を経ても新たなステージを模索し続けてられている。2010年に発足したイタリアのレーベルで、テン年代の電子音響にて数々の傑作を残してきた名レーベル、Senufo Editionsがある。現在の電子音楽系レーベルの最右翼であるEditions Megoにも名を残すKassel Jaegerインスタレーション・アーティスト、Stephen Cornfordなどの作家を始め、有名無名を問わず短期間の間に数々の音響作品を発表してきた。

2014年を最後に沈黙を貫いていたが、多くのファンが固唾を飲んで動向を見守る中、その主催者にしてミラノ在住のGiuseppe Ielasiの3枚組BOXのリリースを以ってその活動を再開することとなった。

情報の伝達を秩序あるものにしようと思えば、愛情に偏りがあってはならない。このサイトでは、ジャンルを問わず紹介していくつもりだ。こちらは、その間に製作したと思われる14-16年にかけての音源を収録した3枚組となっていて、レーベルのインフォメーションには「低音量での再生を推奨」としか記述されていない。これは意図的なのだろうか、今後もこうした限られた情報の中で更新されていくのだろう。

著者も本作をArt Into Lifeというショップで購入している。入荷している店では概ね売り切れで、今のところ国内店だと概ね売り切れ(FtarriMeditationsなど)、海外店だと老舗のA-Musik、実験系卸業屈指のディストリビューター(しかし最近は資金繰りが厳しいとか)なSoundohm、アメリカが誇るその名の如し実験音楽の名店Experimedia、レーベル又はディストリビューターとしても著名なMetamkineに残っているようだ。

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印象深いアートブックのページとページの隙間を写したようなアートワーク。三枚通して聞いた限り、三年間の間に作成された音源を集めたとのことであるが、こちらは恐らくその長い時間をかけて一つのミュージック・コンクレートへと仕上げたものだと思う。「3 Pauses」とタイトルにあるが、三種類の構図が描かれるというよりは、飛ばし聞きなんてしてしまうと三枚ともに違いがさほどわからないほどに抽象的であり、不明瞭であり、三枚通して一つの作品という印象を得るだろう。しかし、音の隙間にムダがなく、また絶え間もない。ゆらぎながら、スロウに、しかし確実に情報の波が雪崩れ込んでくる。

恐らく全体に渡ってフィールド・レコーディングがフィーチャーされているということはまず伝わってくる。そして、終始不穏さも付き纏う。ここで活きてくるのは、静謐にして曖昧な存在へと加工された音響素材だろう。何かの鳴き声のようなもの、換気扇から吹き抜ける風のような音、不規則に何かが駆動又は振動する音、持続音的な音像はありながら、ドローン/アンビエントというにはやや展開に乏しく、音風景の表情は輪郭がぼやっとしていて、インスタレーションなどの演出や映像がありきの音楽ではないかとも思えるほどの漠然としたサウンドスケープである。

無機質な音楽の中から彷彿させられるものは、各人の心象風景に委ねられるだろう。虚無、無常、静謐、躍動、どんな表情をあなたはこの作品に見るだろうか。テクスチャーは一貫して湿度が高いが、温度は低いのか高いのか触れてみなければ分かりそうにない。途切れることもなく、ここまで均質に一貫して強度を保っている作品は稀有であろうか。異質なものへと変化したマテリアルの不安動揺は隠し切れず、不安動揺が現実のものになってからでは、もはや遅い。しかしながら、それが一切弛緩しないのはこの作品の魅力そのもので、この作品には、微細なフェチズムがあり、洗練されており、音と音を繋ぐ「動揺」が生きている。だから、僅かながら変容していくその表情の機微にどこか心を奪われる。これは自分の身体を見つめる感覚にも近いような、案外身近なものを扱った作品ではないかと思わせる部分もあるし、音世界の異質さは案外俗な側面も秘めているのではないか。即音(音や心の在り方に応じて)乱調(心身を如何様に修めていくか)、そんな身近な身体世界の問題が扱われる作品のように感じる。この誉れ高き作品は、Giuseppe Ielasiのキャリアにとっても、16年上半期においても重要なリリースであることは間違いないだろう。